相撲女子必見!注目のイケメン力士ランキングトップ5!

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「外国人力士ばかりが強くて全然面白くない…」と否定ばかりをしていても仕方ない。確かに番付上位ランキングに入っているのは外国人力士ばかり。日本人力士の優勝が遠ざかっているのは確かだ。だが、ご存知だろうか?今、相撲界は「イケメン力士」達によって生まれ変わろうとしている事を。


かっての「若貴ブーム」の頃と同じ位、女性が相撲に注目し、相撲を愛する女性の事を指して「相撲女子」という言葉も生まれている。そんな女性人気に目をつけて、イケメン力士に「お姫様だっこ」してもらうというイベントも開催されている。その甲斐もあってか、2015年の初場所では実に18年ぶりに「15日連続大入り満員」を記録し、確実に相撲人気は回復してきたと言えるのだ。


今回は、そんな相撲女子の皆様に注目してほしい「2015年注目のイケメン力士ランキングベスト5」を挙げる。あ、無論、ただイケメンなだけではない。ここに挙げたイケメン力士達は2015年、番付ランキングもどんどん上がってくる…はずだと期待する。
 

5位:千代疾風関

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真のイケメン力士好きの相撲女子はまだ番付下位のうちに目をつけて、目をつけた力士の番付が上がっていくのが楽しみだと言う。そういう意味では、2015年初場所の番付が「序二段二十五枚目」である千代疾風関は、実に「追いかけ甲斐のある」力士だ。


肩口の筋肉と鋭い目つきは師匠の元千代の富士(現九重親方)をどこか髣髴とさせる。奇しくも身長182cmは現役時代の師匠とほぼ同じである。一般的には高身長と呼ばれるこの身長でも、力士の中では「並」の部類なのだから、いかに土俵で戦うことが過酷なのかが想像できる。


だが、小さいことを言い訳にしてはならない。「小さな大横綱」と呼ばれた千代の富士は稽古を重ねて筋肉の鎧を纏い127kgまで体重を増やしたのだ。千代の富士の稽古がいかに過酷だったのかは、今や語り草になっているが、私は今の世代の力士が「全く稽古していない」などとは言わない。


あなたにもしも機会があるのなら、一度相撲部屋の稽古を見学に行くとよい。彼らの稽古を見た後では「外国人ばかりが強くて…」などと言っていた貴方は、もうその台詞を軽々しく言えなくなるだろう。そして、彼らのファンだった貴女はより深く彼らのファンになる事だろう。


それてきたので千代疾風に話を戻そう。さて、現在、千代疾風の体重は87kg。師匠の厳しい激を受け、千代疾風は日々稽古に汗を流している。
「日本相撲界に旋風を巻き起こす力士へ」彼にそう期待する人は決して少なくない。

 

4位:藤の海&藤の花関兄弟

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「兄弟力士」と言えば貴方は誰を思い浮かべうだろうか?二代目代若乃花&貴乃花。寺尾&逆鉾、先代若乃花&貴乃花…。

そろそろ読者の貴女と年代の隔たりが出てきたかも知れないので本題に入る。宮城県出身、出羽海部屋に所属する藤の海関&藤の花関兄弟は、兄弟力士の中でも珍しい「双子力士」だ。「珍しい」と書いてしまったが、実はこの双子力士は藤の海関&藤の花関以外にも結構いる。正しく書こう、藤の海関&藤の花関は兄弟力士の中でも珍しい、見ての通りの「イケメン双子力士」だ。


「もみ上げの有無」が二人を見分けるのに一番分かりやすい特徴である。なので今回はあえて正面からの画像を掲載させて頂いた事をお許し願いたい。


「若貴ブーム」の頃「どちらが若乃花?貴乃花?」という位、彼らの事を何も知らない女性達がファンになったからこそ相撲は「ブーム」となったのだが…もし私の記事を読み、この「イケメン双子力士の事をもっと知りたい」。貴女にそう思っていただけたのだとしたら、筆者としてこれに勝る喜びはない。

3位:舛ノ山関

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イケメンと言うより、かわいいと言う表現がぴったりくる舛ノ山関。だが、かっこいいとはどういう事だろうか?
彼の背景にある「壮絶な物語」は相撲ファンの中では有名な話で、ご存知の方も多いかと思うが、是非、知って頂きたい。以下は全て真実の話だ。


フィリピンと日本のハーフである舛ノ山関の父親は、彼が中学2年生の時に事業に失敗し蒸発する。生活に困窮した母親は彼と弟を連れてフィリピンに帰国。フィリピンでの生活は厳しく舛ノ山少年も家計を助ける為、現地の中学に通いながらアルバイトを続けた。アルバイト収入だけでは家族を楽に出来ない。相撲取りになって母親を楽にしたいと舛ノ山少年は夢を見るが、帰国する為の費用は大金、むろんそんな金はない。そんな時、かってわんぱく相撲で有名だった舛ノ山少年に手を差し伸べたのが、今の千賀ノ浦親方である。


日本に帰国した舛ノ山少年は順調に番付を上げていくが、その過程の中で彼の心臓に「心房中隔欠損症」という先天的な疾患の疑いが見つかる。舛ノ山関は、運動するとすぐに息が上がり「水中で溺れている」様な苦しさの中で常に取り組みを行っている。彼についたあだ名は「20秒しか戦えない力士」。だが、そんなハンデの中、巨体を生かした突き押し相撲に活路を見出し、舛ノ山関は平成生まれで初の敢闘賞を受賞する。


その後、度重なる怪我に見舞われ、2015年初場所終了時点での番付は十両にまで落ちている。メディアに取り上げられた力士がその後番付を落とすと「終わった」などという雑音が聞こえてくるものだ。


だが、彼の「壮絶な物語」は過去ではない。現在進行形だ。彼は今も戦っている。