プロ野球、阪神タイガースの歴代最強助っ人外国人トップ5!

3位:トーマス・オマリー

暗黒時代が続いていた阪神タイガースに現われた救世主、それがトーマス・オマリー選手である。
1991年に来日していきなり.307の高打率を残し、翌年パチョレック、亀山・新庄らと共にチームを牽引。
弱小チームだった阪神タイガースを2位にまで押し上げる立役者となった。
1993年には横浜のロバート・ローズ選手と最終戦まで熾烈な争いの末、首位打者を獲得する。
阪神に在籍した4年間全てで3割以上の高打率を記録。(.307、.325、.329、.314)
また積極的に日本語を覚える姿勢を見せ、球団の応援歌である「六甲おろし」を日本語で歌ったCDが発売されたり、
ヒーローインタビューで「阪神ファンは一番やー」と叫ぶなど、ファンからの人気も高かった。
(この「阪神ファンは…」の台詞は以降の外国人助っ人選手にも引き継がれた)
ただ、打率に対して本塁打が少ない事がネックとなり、1995年にオマリーはヤクルトに移籍する。
移籍後、31本塁打を打ち、ヤクルトの優勝に貢献するオマリーの姿を当時阪神ファンは複雑な思いで見ていた。
6年連続3割以上の打率の成績を残したが、惜しまれつつ1996年に現役を引退する。
アメリカ独立リーグの監督を経て、2002年臨時打撃コーチとして阪神タイガースに復帰。
以降も打撃コーチや駐米スカウトとして阪神タイガースに貢献し続けている。